ベイマックスを観て、ディズニーのお客さんになりました。

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ディズニーのCGアニメーション映画「ベイマックス」(原題 ”Big Hero 6″ )を観ました。

作品を知ったきっかけは、NHKが放送していた総指揮ジョン・ラセター氏の特集を偶々見たことです。そのあとGoodpatchの土屋尚史(@tsuchinao83)さんが絶賛されていたので興味が高まりました。またさらに、友人のTさんも作品の良さを語ってくれて、ついに「これは観ねば」となり、元旦の映画サービスデーに寒風吹きすさぶ中、新宿バルト9で鑑賞してきました(2D字幕)。

以下、ある程度のネタバレが含まれるので、映画未見の方の興を殺ぐ恐れがあります。なるべく、物語の核心に触れるネタバレはしないようにします。


ひとことでいうと、本作は「成長」の物語だ、と思います。

成長したのは誰かといえば、それはもちろん”ヒーロー”の6人であるゴー・ゴー、ワサビ、ハニー・レモン、フレッド、主人公ヒロ、そしてベイマックス。

無愛想でヒロにも無関心なそぶりだったゴー・ゴーは、タダシの死後落ち込むヒロを元気付けるべく積極的に行動していきます。
高所恐怖症はじめ全般ビビりだったワサビは、土壇場で知恵と勇気を振り絞り、仲間のピンチを救います。
マイペースで強い主張をすることのなかったハニーは、身の危険を承知の行為で、ヒロの考えを諌めます。
オタク趣味全開のお調子者だったフレッドは、家や執事を含め自分の持っているものを役立ててチームに貢献する中で、やりがいを見出していきます。

ヒロは、成長に3つのステップがあると思います。
1つめは、才能の持って行き場が見つからずに賭けロボに興じていた天才が、兄タダシの導きで、打ち込むべき道を決めること。
2つめは、兄の死後やる気を失っていた時に、兄の残したベイマックスとの再会をきっかけに、兄の死の真相を知るべく前進すること。
3つめは、兄の思いに向き合った上で、仮面の男を「兄を裏切らない」方法で捕えるべく、チームの中でリーダーシップを発揮すること。

ベイマックスは、ロボットであり、かつ自己学習する機能はないので、基本的にはヒロが書くプログラムに従います。
なので、自力で成長することはないはずなのですが、「タダシの記憶と、タダシの残した思いの具象化としてのソフトウェアがヒロを癒す」ということを、どこかで学んだのではないかと思いました。

主要な6人それぞれの成長は以上です。
これを説明や説教ではなく、映像、音響の合わさったアクションたっぷりのエンターテインメントとして、観客を楽しませた上で、2時間に満たない1本の映画で伝え切るこのクオリティ。
いやはや、すごい。
これを成し遂げてしまうディズニー制作チームのクリエイティブ能力には、ただただ脱帽です。


他の映画作品と比較して良い悪いということを書くつもりは全然ないですが、僕が好きなアニメ映画作品、その作られ方と対照してみると、自分の考えがもうちょっと深まるかなと思うので、そのあたりを以下に書きます。


【スタジオジブリ】

僕は「となりのトトロ」「天空の城ラピュタ」そして「千と千尋の神隠し」あたりの宮崎駿監督の作品が好きです。
これらは、宮崎監督という天才の言わんとするところを徹底的にこだわって映像作品にすることに成功した、だから面白いのだろうと思っています。
逆に言うと、「その時の宮崎監督」という人と時間の限定性が強く、同じようなものの再生産は無理だろうと考えます。そして宮崎監督は長編アニメーション制作からは引退しましたが。
つまりこれらは、職人によるワンオフの逸品です。

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ベイマックスを鑑賞したとき、「ディズニー(とピクサー)がこんな秀逸な作品を連発できるようならスタジオジブリのような日本の職人型アニメは生き残れるのだろうか」とふと思ったのですが、まさにそこを触れておられるヨッピー(@yoppymodel)さんの記事を下掲します。

一人の天才によって作られたものなら「才能」の一言で済みますけど、
計算によって作られたものだとしたら組織の力で圧倒的に負けてるって事じゃないですか。
だから僕、この映画観終わった時に思ったんですよ。
「日本の映画産業、マジで終わるんじゃね?」って。

ベイマックスが最高すぎて恐怖すら覚えた件http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2015/01/02/231340

なぜディズニーがこれだけのクリエイティブ集団たりえているかについては、上述のNHKの番組でも若干描かれていました。僕なりに要約すると「スタッフにクリエイターとしての誇りと権限を持たせる」「徹底的に議論し、メッセージが伝わる表現かどうかにこだわる」風土というところですが、以下の水野敬也(@mizunokeiya)さんのブログ記事にもっと直接的なディズニーの組織としてのあり方が書いてありました。

ピクサーの長編3Dアニメを作ったジョン・ラセターが最初の作品を大ヒットさせたとき、まず考えたのは
「自分一人では、定期的にピクサーが長編アニメを社会に供給することはできないから監督を増やさなければならない」
ということでした。
こうして彼は、アニメ監督を探し、育て、自分に匹敵するアニメ監督を8人作り出したのです。

昨日、TSUTAYAで号泣しました。
http://ameblo.jp/mizunokeiya/entry-11882338071.html

なるほど。ラセター氏がそもそも、ピクサー時代から「定期的に作品を社会に出し続ける」ことを考えて実行し続けていたのであれば、納得です。
日本人の職人気質とアメリカ人のマネジメント思想、などと単純化すべき話ではないですが、現実にディズニーとピクサーが秀逸なアニメーションを出し続け、ヒットさせている点は重要だと思います。


【クレヨンしんちゃん、ドラえもん】

クレしんとドラえもんを一緒くたにしているわけではないです、念のため。

ここで言いたいのは、両作品とも、短編のマンガ・アニメがベースにあって、その非日常版として劇場版シリーズが作られている、という話です。だから、劇場版で、わざわざレギュラーメンバーの特徴を観客に伝えるために描かなくてOK。
クレしんだと、しんのすけはおねいさんに付いて行ってしまう、ひまわりはイケメンが好き、とか。ドラえもんだと、のび太は勉強がまるでだめ、ジャイアンは短気とか。観客には既知の設定です。
よってストーリーにおいては、レギュラーメンバーがその作品の世界(別の時代や、魔法の世界など)で活躍することを描くことが求められていると言えます。これは安定感につながる一方、毎年新作を公開するプロセスでは、世界観を入れ替えるだけのマンネリに陥る危険があります。もちろん、メインターゲットである「子供と親」が、年齢を重ね、数年でターゲットから外れていくのだから、数年経ったらマンネリでも問題ない、という商業的な理由はあるでしょう。が、僕のように30歳間近(独身)ですがクレしんもドラえもんも作品として好きな人間としては、マンネリズムにどこかやるせなさもあります。

制作されるスタッフの方々の、様々な制約があるだろうということは想像しています。予算的制約、時間的制約。でも何より大きいのは、シナリオを作るうえでの「構造的制約」ではないかと僕は勝手ながら思っています。それはつまり、上述のように日常の短編がベースで、キャラの特徴が固定されているので、劇場版のシナリオで「成長を描けない」のです。

これはまさに、僕がベイマックスを見て「すごい」と思った、成長のシナリオがハナから禁止されているようなもの。そりゃ、辛いだろうと。
成長というのは、人間ドラマを描く上で最も重要な要素のひとつではないかと思うからです。

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クレしん映画で「アッパレ戦国大合戦」(2002年)という作品があります。「泣ける」クレしん映画として、ご存知の方も多いかもしれません。僕はこの作品が大好きなのですが、理由のひとつは上述の禁じ手「成長」を苦労しながらうまく描いているからである、と今このブログを書いていて気づきました(笑)。
細かい話は省略しますが、主人公しんのすけは普段短編では絶対に見せない涙を流しながら男の約束を胸に誓い、ヒロイン廉は喜びと悲しみの記憶を背負って生き抜く決意を示します。だけど、もちろん続編はないし、すべてのシリーズはパラレルで無関係なので、しんのすけの成長は以後には続かないのです。嗚呼。

ベイマックスに話を戻すと、マーベル作品について全く無知なので、元の世界観については僕は何も語れません。が、観て思うことは、ベイマックスについては単独作品として、観客は予備知識ゼロでばっちり楽しめる上、6人の主役たちを活かした続編だって作れるだろうということです(制作陣がそれを望み、ビジネス採算としてGOが出れば)。これもオリジナルの映画作品として丁寧に作った上で、世界中のマーケットで勝負していることの強みではないかと思います。


最後に。

「成長」をキーワードにストーリーについては書いてきましたが、これは「努力、勝利、友情」という週刊少年ジャンプのストーリー作品の要素原則にも通じるかもしれません。
つまるところ、王道です。上掲のヨッピーさんの記事における「ベイマックスは横綱相撲」という表現も実にしっくりきます。観て感じる満足感は、傑作の少年ストーリーマンガを読んで感じるそれに近いものです。

というところで。

「ベイマックス、おすすめです!」

と締めようかと、この記事を書く前は思っていたのですが、書いてるうちに

「おそらくラセター氏が総指揮に入ってからのディズニー作品(およびその前からのピクサー作品)はほぼ全部面白いだろうという推測が成り立ちます。もちろん、これからの作品も。」

という結びに変えます。

アナと雪の女王(原題 “Frozen”)もまだ観てないのですが、今度レンタルしてみようかと思った次第です。そして、次に公開されるディズニー作品が何か、まったく知りませんが、きっと観に行くと思います。
こうやってブランド・ロイヤリティを持つ顧客が生み出される…のかな。

ディズニー、恐るべし。


※なぜ原題が “Big Hero 6″なのに、邦題が”ベイマックス”なのかについては以下yu@k(@slinky_dog_s11)さんの記事が大変参考になります。ターゲットとする国/地域に合わせたマーケティングプランの結果、日本で起きた事象についての分析。おすすめです。

「BIG HERO 6」はなぜ「ベイマックス」なのか? 〜ハートフルな国内宣伝にロケットパンチ! – YU@Kの不定期村
http://blog.goo.ne.jp/yukks453145/e/e8cf4bfa9ca5f6a7c72d7be8409f7d14

また文中で引用したヨッピーさん、水野さん、そして作品を教えていただいた土屋さん、Tさんにお礼申し上げます。


「ベイマックス」日本公式サイト
英語公式サイト

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