岩田さんは、みんなのハッピーをエンジニアリングで実現していた

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2015年は僕にとって大きなことが色々ありました。

ジーズアカデミーでプログラミングを学び、多くの仲間に出会えたこと。
Startup Weekendのコミュニティに深く関わるようになり、SW Yokohama 4でリードオーガナイザーを務めたこと。

どれも自分がこれまでに経験してこなかったことであり、挑戦になりました。

が、衝撃を受けたことは何かというと、岩田さんが亡くなったことがまず一番に上がってきます。

【岩田 聡氏 追悼企画】岩田さんは最後の最後まで“問題解決”に取り組んだエンジニアだった。「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」特別編
http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20151225009/

ちょうど、ドワンゴの川上さんによるインタビューシリーズの特別回での岩田さんの生き様を、ともに仕事をしてきた仲間の声の中から描き出そうという記事が昨日公開されました。
既に読んだ方もけっこうおられるかと思います。

岩田さんのプログラマとしての超人的なエピソードがはっきり語られたのは、公開されている記事の類の中では、実は今回が初めてではないかと思います。というのはおそらく、岩田さん自身があまりそういう個人の技量に関しておもしろ半分な取り上げ方をされることを望まれていなかった、ということがあるかなと考えています。
岩田さんは何よりも、社員や取引先、そしてお客さんにとってのハッピーが何かを徹底的に考えて実行される方でした。その見地から、個人の過去の仕事をとりあげられることよりも、会社のミッションを知ってもらうことや、社員の功績を伝えることに、メディアを使っていきたいというはっきりした意図を持っておられた、と思っています。

そういう意味では、今回の記事のエピソードは、岩田さんが亡くなったからこそ、世に出てくることができた話かとも思います。
岩田さんの死、失われたものの大きさが埋まるわけではないけれど、その思考と生きてきた物語を知ることは、岩田さんを敬愛するすべて人にとって、かけがえないことです。
改めて、川上さんというプロデューサー、まさに字義通り、コンテンツをプロデュースしてくれたことに、お礼が言いたいです。

岩田さんは何を志向していたのか?
今回の対談でのキーワードは「最適化」ですが、最適化というのは難しい言葉です。というのは、「プロダクトをつくる」「ビジネスをつくる」は、人間と、人間からなる組織と不可分であり、それを最適化しようとすることは、ともすると「人間を人間的に扱わないのか?」という批判ができてしまうからです。

ちょっと脱線するかもしれませんが。
18世紀の産業革命あたりから、20世紀を経て今日まで続いている大量生産・供給の産業時代には、それまでの時代とは違ったかたちで、徹底した工学的視座からの効率化があったと思っています。また、社会階級も、生まれながらの貴族と奴隷、というような区分より、経営側(≒資本家の意思)と労働者という企業活動に軸をおいた区分が、意識の中でも経済的な面でも主体的になってきた。
そして、利益追求の御旗のもとで、従業員に対して、過酷な労働負荷を押し付け、あるいは精神的な重圧を与え、多くの悲惨な労働者の状態を作ってきた人はたくさんいたし、今もいると思っています。特に国家の監視が弱かったり、あるいは国家が企業とズブズブな国などでは、凄惨な搾取は続いているでしょう。日本でも、少なからず。

という経緯を考えるとき、経営者が「最適化する」と言い出すことについて、結構な疑いを持っておいたほうが望ましいとさえ、思えるのです。

が、岩田さんの信念をもって実行してきた「最適化」はまったくもって、異次元の話である、ということを僕は改めて感じています。
口先だけでビジネスの理想を語り、効率化の名の下で働く仲間を疲弊させ使い捨てる経営にならなかった理由は何か?

僕が思う答えは記事の3ページめの田中氏、石原氏の言葉の中にあります。

(田中氏)

 そうです……ただ,私の中では岩田さんは「人間を理解したい」という気持ちがとてつもなく激しい人という印象も強くて,それがあれほどの「最適化」に行き着いた理由でもあるように思うんです。

(石原氏)

本当に「わかってくれた! 嬉しい! 好き好き!」って感じなんです(笑)。たぶん,岩田さんにとって「最適化」と「人が好き」ということは繋がっていることだったんですよ。
周りの人が便利な仕組みを使いこなして進歩していく。それに自分が関与することで前に進んでいる。そんな状況が何より好きだったし,それを実現することもたまらなく好きだった。岩田さんは,それを生き方として実践してきたように思いますね。

つまるところ。
岩田さんの経営の原動力は、効率化、最適化というような言葉を並べて御旗を作り上げるようなところから生まれているのではない。
根源的に、人が好きで、人を理解したくて、人が何かを習得して成長して、一緒につくっていくプロセスを愛していた。その情熱をもって走り続けた結果、バイトのプログラマからHAL研究所の社長を経て、任天堂の社長を務めることになった「だけ」なのではと思います。

岩田さんが、もし、自然科学や情報工学の研究者となっていたら、間違いなく大きな成果を生み出すとともに、多くの優れた後進を育てただろうと思います。またあるいは、もし政治の道を選んでいたとしても(岩田さんの父上は室蘭市長でした)大きな課題の解決に対して実践的なリーダーシップを発揮し続けられたのではと思います。

エンジニアリングする対象がモノやプログラムに留まらず、関わるすべての人のハッピーにまで拡大し、その実現をミッションとして全速前進し続けた、頭脳明晰にして、ユーモアと愛にあふれ、出会う人皆から愛されたエンジニア。
今時点で思う、岩田さんという人物です。

僕はエンジニアではないですが、今あらためて岩田さんのことを考えていて、エンジニアとは職業を指す言葉ではないのかもしれないと気づきました。
生き方として、エンジニアリングというのスコープとツールで自他の課題解決や幸福の追求をするならば。それこそがエンジニアではないのか、と。

プログラミングがあまり得意でないとか、職業としてやったことがない。仕事は事務的な事をしてるとか、あるいは別に仕事をしていない。そういう僕のような人も生き方としてエンジニアであることはできます。

岩田さんにみんながなれるわけではないかもしれません。
でも、岩田さんが示し、残してくれたものの価値を感じて、それを自分や、自分のいるコミュニティや組織に取り込んで、「最適化」のエンジニアになろうとしたり、あるいはそういうエンジニアを増やしていくことができたら。
もう少し、僕たち自身や、後の世代たちの生きている世界をハッピーにできるのではないでしょうか。

miilifesize

 

 

 

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